営業部の川嶋です。みなさんは滋賀県の「松の司」を飲んだことはありますか?このお酒の醸造元である松瀬酒造は、はせがわ酒店とは古くからお付き合いがある蔵のひとつです。長きにわたってお酒の大切な素材である酒米の個性と、それを育んだ地域の風土への想いを大事にしてお酒を造ってきました。最近の動向として、無農薬栽培米を生もと造りで醸す「AZOLLA 50」、竜王町産の等外米を用いた「産土」、そして同町産山田錦の土壌別仕込シリーズ「竜王山田錦(ブルーラベル)」など、コンセプトをよりはっきりと示したラインナップへ転換を図っています。
そんな松の司の事が気になり、造りが始まる直前、ちょうど稲穂の収穫の時期に蔵へ見学に行ってきました。そこで知る事が出来た蔵の様子や取り組みをご紹介します。
松瀬酒造の酒造り
蔵の最寄駅である近江八幡駅へ向かうJR琵琶湖線の列車の窓には、湖と田んぼの風景が続きます。琵琶湖を中心に、四方を山々に囲まれた滋賀県は隠れた米どころ。豊かな自然に育まれた近江米が高い評価を得ている事が思い出されます。
■仕込蔵の様子
蔵の中は至ってシンプルな印象を受けました。特別大きな機械や設備等は無く、隅々まで整理整頓されており、とてもきれいです。仕込タンクが並ぶ昭和初期に建てられた蔵は、柱や床に柿渋を塗り重ね、手入れをしながら大切に使っています。2階の床板は一枚ずつめくれる様に設計されていて、仕込み時期はタンク上部の床板を外して作業をします。ちなみに出麹はこの場所を使用して麹米を冷却、乾燥させています。
▲二階に上がるとタンクが一望できる、松瀬社長お気に入りスポット。
仕込み期間である冬場の外気は0度近くになる事もありますが、蔵の中はタンクが並んでいるので暖かく、下がっても5度くらいにしかなりません。東北地方の蔵と違って温度を上げる苦労が少ない分、管理はしやすいそうです。
■酒造りの特徴
お酒は地下100mlにある鈴鹿山系の水脈から得られた仕込水で醸します。軟水のいい水で、同じ水源を喜楽長を醸す喜多酒造でも使用しています。蔵のとなりには精米場を設け、15年ほど前に導入した精米機を使って自社精米も行っています。農協近くという立地に恵まれ、必要な時に必要な量を持ってきて精米が出来るそうです。仕込みにサーマルタンクは使用せず、用いるのは滓引きや貯蔵の時のみ。タンクに巻くジャケットの着脱で温度管理を行っています。仕込みの時期は蔵人みんなで泊まりこんで作業をする事もあり、2日に1本のペースで年間80~85本を6人で仕込みます。醪のタンクは通常1000~1200Kのサイズを使用しています。大吟醸クラスは別の部屋で500Kの小仕込みにて行います。しぼった後の火入れは熱効率の良いプレートヒーターで行います。熱せられたお酒を瓶詰めした後、温度を下げる際はシャワーでなくミストで行います。その方が素早く冷ます事が出来、お酒へのダメージを抑える事が出来るそうです。30℃くらいまで冷ましたら直ぐに冷蔵庫に入れて貯蔵します。
▲プレートヒーター。日本酒造りは搾った後にどういう処理や保管をするかがとても大切です。
■酒造りの肝となる麹造りにはこんなこだわりが
蔵では酒米を蒸すときに乾燥蒸気を用いています。通常の蒸気は水分を含んでいますが、それで蒸し続けると蒸米にムラができてしまいます。そこで最後の仕上げに乾燥蒸気(水分を取り除いた蒸気)を当ててみたところ良い蒸し上がりとなり、麹の出来がより安定してきたとの事です。
また、現在の石田杜氏から麹室の作業では、これまでの木製麹蓋をやめて、プラスチックケースを使用しています。仲仕事、仕舞仕事の工程で異なる形状の物を用いていますが、いずれも軽く、洗いやすく、衛生的という特徴が麹造りにマッチしています。
▲写真の機械で水分を取り除いた蒸気を甑に送り出します。
松瀬酒造と竜王町酒米部会
松瀬酒造の特徴といえば地元竜王町産の酒米、特に山田錦を用いた酒造りです。しかし40年ほど前までは日本晴を主体に酒造りを行っていました。当時、山田錦は兵庫県まで買いに行って出品酒用にわずかな量を仕込むだけでしたが、人気から高値となり、その少しの量もだんだんと手に入りづらくなっていきました。そこで地元竜王町で収穫できないかと思い、農家の方々と契約栽培を始め、契約農家で構成される竜王町酒米部会が生まれました。約30年間に渡って松瀬酒造と竜王町酒米部会は二人三脚で山田錦栽培に取り組み、現在では兵庫県特A地区の品質に勝るとも劣らない山田錦を育てています。
ところで兵庫県の特A地区は谷あいに位置し、土壌は粘土質。一方で竜王町の田んぼは、平地や山裾、河川のそばなどにあり、土壌も粘土や山土、砂などバリエーションに富んでいます。松瀬酒造ではこれらの異なる環境で育った酒米の個性をお酒で表現し、その違いを飲み手である私たちに愉しんで欲しいと考えています。
▲松の司の酒造りを支える竜王町酒米部会の菱田善弘さん(右)。ちょうど最後の稲刈り中でした。
■個性豊かな竜王町の圃場
昨年からリニューアルした「純米大吟醸 竜王山田錦 土壌別仕込み」(通称ブルーラベル)で使用される山田錦を栽培している田んぼに案内していただきました。
蔵から一番近い駕與丁(かようちょう)の菱田善弘さんの田んぼではちょうど稲刈りをしている最中。こちらの土壌は竜王町でも最良の粘土質。水や肥料をしっかり保持してくれるので、ふくよかで柔らかく詰まった質感の米が育ちます。兵庫県東条の特A地区と同じタイプの土壌で山田錦と相性が良いのが特徴です。ただ2018年は8月に幾度となく台風に襲われ、さらに9月の日照量不足などが重なり、粒が太らない傾向にあったとの事です。お話を聞いていて自然と向き合う酒米栽培の難しさを感じました。ちなみに菱田さんのお父さんは松瀬酒造と最初に契約栽培をしてくれた農家さんで、『竜王町酒米部会』の結成に尽力されました。
次に訪ねたのが竜王町の南端、山中の辻沢明秀さんの田んぼ。山中は、山土と栄養に乏しい山の砂礫が混ざった砂地で、お米の栽培には不向きな場所。しかし、砂地で山田錦を育てている所は他になく、それが特別な個性となって、お酒は面白いものが出来るそう。砂利が混じっているので水はけは良いのですが、水だけで無く肥料も流れてしまいます。そのことから、繊細で軽く硬めの質感の米が育ちます。田んぼの持つ特徴を見極め、上手くバランスをとりながら良質な酒米を栽培出来るのがプロの農家さんであり、松瀬酒造が米作りを農家の方々へお願いしている理由でもあります。
最後に駕與丁の隣地で、川に挟まれた場所にある橋本の田村仁孝さんの田んぼにお伺いしました。ちなみに田村さんは京大出身の農家さん。いくつもの細い川が流れる橋本では過去に起きた洪水、氾濫などの影響で、川砂や小石など細かい砂が粘土にまじった土壌です。そのため駕與丁と比較して水はけが良く、ふくよかながらも繊細さのある質感のお米が育ちます。
松瀬酒造ではこういった竜王町の各所の特徴を農家さんや図書館に行くなどして長年地道に調べ、分析してきました。私も今回3カ所を見学させて頂いて、一口に竜王町といっても、田んぼごとに様々な個性がある事に驚きました。農家さんたちは各々の田んぼの特徴を熟知し、それに沿った酒米栽培に取り組んでいました。逆に各田んぼで共通する取り組みとしては、病気を防ぎ、実の詰まった質の高い酒米にするため、稲を密に植え過ぎないようにし、化学肥料は不使用としています。
▲山田錦と好相性の粘土質。水や肥料を保ってくれるので、ふくよかで詰まった質感の米が育つ。
■琵琶湖を守ろう!環境意識の高い滋賀県流農業
さらに竜王町での酒米栽培をより深く理解するために知っておきたいのが、滋賀県が行っている琵琶湖を守る「環境こだわり農産物」という認証制度です。認証を取得する為には農薬や化学肥料の使用量を通常の半分以下とすることを始め、他府県に比べて厳しい基準を設けていますが、生産者から多くの支持を集め、環境保全型農業としての取り組み面積は国内随一となっています。もちろん竜王町の契約農家の方もすべて加入しています。竜王町産の酒米で造った松の司を選べば、私たちは減農薬・無化学肥料で育てられた酒米のお酒を飲むことになります。そして利益が農家さんに還元されれば環境に優しい酒米栽培を続ける事ができ、琵琶湖の持続的な環境保全に繋がっていきます。松瀬酒造ではさらに一歩踏み込んで、栽培期間中に無農薬・無化学肥料で育てたお米を使用した「AZOLLA」シリーズにも取り組んでいます。今シーズンより生もと造りに転換し、より自然に近い日本酒として生まれ変わっているので見かけたら是非飲んでみてください。
▲このお米がAZOLLA 35になります!
松瀬酒造の蔵見学を終えて
今回、蔵を見学させて頂くのと同時に契約農家さんの圃場を見せて頂きました。
滋賀県は琵琶湖がある事で他県に比べ環境意識がかなり高く、酒米作りにもその影響が見て取れます。そうやって自然に寄り添って作った米に対して、酒造りも手を加えるのでなく、なるべく自然にシンプルに造る事を目指しているそうです。松瀬酒造と契約農家の方が取り組む、自然な酒造りと自然な酒米作り。見学して分かったのは、それは関わるたくさんの人の努力と創意工夫があってようやく実現できる事だということ。自然なものを味わうという事は実は一番贅沢な事だと感じました。さらに私達が肩ひじ張らずに自然体で松の司を楽しむことで、それはもっと贅沢な時間となるはずです。
長年に渡って調べつくした土壌、そしてその特徴が表れた酒米、それをどの様に酒造りに活かし展開していくか『松の司』シリーズの今後がますます気になりました。
▲松瀬社長と山田錦