「イチローズモルト」を生み出す秩父蒸留所を訪ねて

みなさんこんにちは、芝公園店の金谷です。今回私は埼玉県の秩父に蒸留所を構えるベンチャーウイスキーを見学してきました。世界中から注目を集める「イチローズモルト」でお馴染みの蒸留所。普段一般の方への蒸留所見学などは行っていないだけに、行く前からかなり楽しみにしていました。今回はその見学の様子をたっぷりとお伝えします。

もっとも有名なジャパニーズウイスキーのひとつ「イチローズモルト」

2004年に創立したベンチャーウイスキーの「イチローズモルト」。設立当初は1973年の白州蒸留所、富士御殿場蒸留所等の蒸留所以来、35年ぶりに国内に蒸留所の設立となり話題を集めました。最も権威のある英国のウイスキー品評会、WWA・ワールドウイスキーアワードでは数々の受領歴を持ち、世界に認められる蒸留所の一つです。そんな「イチローズモルト」の生産本数は、世界で最も人気のあるシングルモルトウイスキー「グレンリベット」のたった2日分、ジャパニーズウイスキーの代表格「山崎」の2週間半分と極僅か。増築を行い年々生産本数の増量を行ってはいますが、ベンチャーウイスキーでは大量生産ではなく手作りによる昔ながらの地元に根ざしたウイスキー造りを目指しています。

秩父の風土

蒸留所は埼玉県南西部に位置する秩父市にあります。内陸気候で山々に囲まれた自然豊かなエリアです。仕込みには一級河川・大血川水系から天然のミネラルが溶け込んだ軟水を使用。夏は猛烈に暑く、冬は埼玉県の中でも寒さが厳しく氷点下を下回ります。これが日本のウイスキーが世界から評価される理由の一つ。春夏秋冬の強い寒暖差により液体の膨張・収縮が行われ、ウイスキーの熟成を促進させるのですこの様に、自然に恵まれた秩父はウイスキー造りにおいて重要な熟成に適した環境を持っています。

原料・大麦麦芽

現在秩父蒸留所では、ウイスキーの原料である大麦を国産70%、外国産30%の割合で使用しています。100%国内麦芽にすることも可能なのだそうですが、収穫不良の際製造が出来なくなってしまうリスクを避けるため、海外(イングランド、スコットランド、ドイツ)より麦芽を輸入しているのだそうです。

ここでは2012年より契約農家による地元産の大麦の生産を開始し、冬の11〜4月にスコッチウイスキーの伝統的な製麦方法である「フロアモルティング」を行い、自分たちで大麦から麦芽へ発芽させます。この60年間で大麦の品種改良が行われていて、現在海外で流通しているものはより効率的にアルコールを回収することを目的としたデンプン質の割合が多くタンパク質が少ない最新品種が多いのが特徴。品種改良による大麦に含まれる成分の変化がいわゆるウイスキーの失われた風味の一つではないかと言われています。

そのため、秩父蒸留所では昔ながらの味わいを追求するにあたり、国産大麦は最新品種ではなく、デンプン質以外の成分も多く含まれる品種を取り入れる事で昔ながらのウイスキーの味わいを生み出せるようにしています。

手造りによる製造工程

➀粉砕
ミルルームには極めてミニマムなミルが一基。麦芽の糖化効率を高める為にこの部屋で細かく粉砕を行います。手作業で石や小枝を取り除き、品種によって異なる麦の状態を確認しながら粉砕していきます。

後にグリストセパレーターと呼ばれるふるいにかけ、フィルターと糖分の回収を目的にサイズの割合調整を行い3つの粒度(ハスク、グリッツ、フラワー)に分けていきます。次の行程で清澄な麦汁を必要とする為、フィルターの役割を果たすハスクの量と各麦芽のサイズ・比率を確保しなくてはならなりません。日本酒造りの原料処理である精米・蒸米と同様、造りにおいて重要な工程です。



②糖化

粉砕した麦芽は隣の部屋のマッシュタン(糖化槽)へ移され、お湯を三回に分けながら投入し糖化を行います。1回目、糖化酵素が最も働く64度のお湯を投入しお粥状にすることで、麦芽の糖化酵素がお湯と混ざりデンプンが糖へ変わります。1回の抽出では麦芽の持つ糖分を全量回収できない為、2回3回と温度を上げながら抽出を行っていきます。

▲糖化3日目のタンク。強い熱気と甘い麦茶の様な香りが立ち昇ります。ここからウォート(麦汁)を取り出し発酵槽へ移動させます。

③発酵

ここでは、世界的に珍しいミズナラを使用したオーダーメイドの発酵槽を使用。通常、発酵槽にはステンレス製、木材であれば杉や松が使用されるのですが、秩父蒸留所では日本の風土を取り入れる為ミズナラを使用しています。木材の利点は天然の菌が住み着く事。日本酒の蔵付き酵母と同様、菌類が住み着くことにより安定した発酵を得る事が出来ます。また、ミズナラを好む乳酸菌が住み着く事で、秩父の個性の一つへと繋がっていきます。

発酵温度は通常平均20度から32度、その後緩やかに落ちて30度ほど。ウイスキーの発酵では低温長期発酵を行う日本酒やビールと異なり、大量の酵母を加えて一気に発酵を終わらせる為、発酵スピードが早いのが特徴。これは解放タンクによる腐敗リスクを軽減するためです。大手蒸留所ではこの発酵を一日で終わらせるところもある中、秩父蒸留所では四日間の期間を設けます。二日間で酵母による発酵、残りの期間で乳酸菌による乳酸発酵を行っているのです。乳酸発酵に設ける時間は蒸留所の個性の一つであり、秩父蒸留所は90〜100時間の発酵時間をとっています。短いところでは48〜60時間程。この乳酸発酵の期間が短いと麦の力強さや荒々しさが出てしまいますが、乳酸発酵期間を長く取る事で華やかで複雑な香りが生まれるのです。


④蒸留

秩父蒸留所では、スコットランド・フォーサイス製の銅製ポットスチルによる伝統的な二回蒸留を採用し、第一蒸留所による間接加熱方式、第二蒸留所による直接加熱方式にて蒸留を行っています。銅材を使用するメリットは、もろみを加熱する際、ウイスキーには不要な硫黄系化合物を銅イオンがキャッチして取り除いてくれること。銅イオンがウイスキーの不純物を磨く為、銅イオンに触れる回数が多ければ多いほど液体が磨かれ、原酒の味わいもライトで軽やかになっていきます。秩父蒸留所ではストレートヘッドのシンプルなポットスチルを使用している為、液体が磨かれる回数が少なく個性的で力強いリッチな原酒が生まれます。

▲左がウォッシュスチル、右がスピリッツスチル。それぞれ2,000ℓの容量です。

さらに、蒸留された流出液から熟成に使用する部分を選定する際に「ミドルカット工程」というものがあります。日本酒では搾りの段階であらばしり・中取り・せめと呼ばれる部分が、ウイスキーではヘッド・ハート・テールと呼ばれます。初めに出てきたヘッド部分は粗さが目立ち後半のテール部分は香りが少ない為、中心のハートと呼ばれる部分を取り出し使用します。ウイスキーの本場・スコットランドでは蒸留の時間やアルコール度数で「どこまでがヘッドで、どこからがハートなのか」が決まっているのですが、秩父ではそれに加えて人間の味覚と嗅覚で判断していきます。使用原料や発酵状態に合わせながら20秒毎に変化する香味を状況に合わせてその都度ヘッド、ハート、テールの場所を変えていきます。実際に香りを確認させてもらいましたが、スポットにより明らかな香りの質や強弱の違いが感じられました。

 

⑤貯蔵・熟成
秩父蒸留所では増築を行いながら、原酒の熟成を行う貯蔵庫を現在第1貯蔵庫から第7貯蔵庫まで持ち、合わせて30,000樽もの貯蔵が可能です。第1~6貯蔵庫は土の上に木のレールを敷いたダンネージスタイル。これは地面の土によって自然の力で温度や湿度をコントロールすることができる昔ながらの貯蔵スタイルで、12,000樽貯蔵しています。もっとも新しい第7貯蔵庫では、金属製のラックスタイルにすることにより18,000樽の原酒が貯蔵可能となりました。秩父の激しい寒暖差により膨張と収縮を繰り返す事で、樽で貯蔵されている間に蒸発で失われるウイスキーの量が多くなり、より良い熟成へ繋がります。少ない熟成年数で良い原酒が生まれるのはこのためなのです。

▲昔ながらダンネージスタイル。ひんやりとした貯蔵庫に熟成中の原酒の香りが漂う夢の空間です

そして熟成に使用されるミズナラ樽に関しては、国内で専門に製造しているところが無い為、この規模の蒸留所としては珍しく自社で工場を設立し、年間200樽ものミズナラ樽を製造しています。このミズナラ樽が「イチローズモルト」を構成するの一つの個性。樽材として広く使われているナラの木は世界中に何百種類もあるのですが、ミズナラは日本にしか生育していません。そのためジャパニーズオークとも呼ばれ、その華やかな香りで世界的な評価を獲得しているのです。その樽を自社で製造しているところにベンチャーウイスキーの強いこだわりを感じました。

また、イチローズモルトの製品に関して、特にリーフシリーズでは原酒の確保により熟成年数が上がり、味わいに幅を持たせることが出来るようになったそうです。柑橘系の清涼感を感じるイメージから、最近では熟した桃や蜂蜜の風味が感じられるように変化。熟成年数に加え、仕込み方法の改善により味わいに変化が生まれ、イチローズモルトは絶え間ない進化を続けています。

まとめ

世界的に評価される秩父蒸留所は、イメージよりも遥かに小規模な昔ながらの手作りによる製造工程を踏み、秩父の自然を極限まで取り込んだここでしか生まれない味わいの追求を行っていました。一貫してスムースでしなやかな、継ぎ目のないピュアで緻密な味わいはこういったものづくりの精神から生まれるものだと改めて実感しました。

生産量が少なく中々お目にかかれないイチローズモルトですが、どこかで飲める機会があれば、ここでしか生み出せない香りと味わいをゆっくりと楽しみたいと思います。