「渡舟・太平海」府中誉 を訪ねて -田んぼ編-

いざ短稈渡船栽培の土地 太田ノ谷へ

府中誉を語る上で外せないのが、山内社長が苦労の末復活させた短稈渡船です。酒蔵の見学を終えた私は、短稈渡船の田んぼがある筑波山の麓、太田ノ谷に向かいました。短稈渡船は他のエリアでも栽培されているのですが、太田ノ谷が最も良い米が仕上がるといいます。それはこの土地の特別な気象条件が大きく影響しています。気温が下がる秋頃、温かい空気が斜面に沿って谷奥へ登ってゆきます。冷たい空気を押し上げ暖かい空気が田んぼ一帯を包む“寒暖層逆転現象”が起こります。

山に囲まれた太田ノ谷
訪問した10月下旬はほぼ刈り入れは終わった頃でしたが、上着がなくてもポカポカとして暖かい気候でした。

稲穂に実が詰まる秋に急激な気温の低下があると、稲は早く結実しようとして内部が固くなり、固い米になるそうです。一方、太田ノ谷の渡船は秋が温かい分ゆっくりと結実することができ、柔らかな米質へと育ちます。柔らかいお米はしっかり麹が破精込み、米の溶け具合も適度で、お酒になった時に芳醇で瑞々しい香味として現れるのです。この太田ノ谷の渡船のみを使用して昨年初リリースされた、「渡舟 テロワール 太田ノ谷 2018」は発売開始後、瞬く間に完売しました。野生品種ならではの芳醇な味わいを表現しながら、驚くほど滑らかな質感に仕上がっていて私も感動しましたが、その味わいはこの場所の特異な気候なくしては生まれないのだなと太田の谷に来て実感しました!

この年最後の刈入れ田んぼの様子。短稈渡船は短稈と言っても普通の酒米と比べて稈長(稲の背丈)が高いです。一粒一粒しっかり実がなっているけれども倒れ切っていない良い状態の穂。

渡船の未来へ向けて

短稈渡船は野生品種ということもあり、栽培が非常に難しい品種です。減反をすれば補助金が貰える時代に、栽培が大変で収穫できるかわからないお米を栽培してくれる農家さんはほぼいませんでした。山内社長に賛同して渡船の栽培に着手してくれた農家さんも、最初は試行錯誤で栽培を始めました。面積も狭く、それだけで生業にはできない為、他の仕事をされながら渡船栽培もするという状態でした。本当に強い意志がないと続けることができません。渡船の復活劇と酒造りのロマンに心動かされる農家さんが増え、現在では9件の農家さんが筑波山の麓で渡船の栽培を行っています。専業で取り組む農家さんが生まれたことにより、渡船のクオリティも上がってきています。現在直面している課題は農家さんの高齢化と次世代の担い手不足です。若者に渡船栽培をやりたいと思ってもらうにはやはりビジネスとしての魅力も必要。もっと多くの人に渡船というお米について、また「渡舟」という日本酒の魅力を知ってもらう必要があると感じました。

短稈渡船に取り組み始めた1989年から毎年続けている来年の種のための米作りに関しても教えて頂きました。作物は自然に他の種類の品種と交配をしてしまうこともあります。そこで、最初につくば市の農業生物資源研究所(現農業・食品産業技術総合研究機構)から分けてもらった14gの種籾、これを何年かかけ原種とします。短稈渡船の原種を毎年他の農作物とは離して栽培し、来年の種になる様に優良なものだけ厳選して残します。種を守り増やすことと、より良い子孫を残すため、毎年毎年この様な地道な工程が必要なのですね。

2018年のSAKE COMPETITIONにて「渡舟」「太平海」がほぼ全ての部門で上位入賞を果たし味わいの素晴らしさが証明されましたが、これえらのお酒が生まれるまでにはこんなに多くの蔵元の努力と地元の人々と環境が関わっていたのですね!熱意に溢れる山内社長の勢いはとどままるなく今後も飲む人々を惹きつけていくことでしょう。これは今年の「渡舟 テロワール 太田ノ谷 2019」も楽しみです!


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