業界未経験からのチャレンジ 「天領盃酒造」セミナー – 後編 –

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新潟県・佐渡の「天領盃酒造」加登仙一社長に はせがわ酒店本社へご来社いただき、社内セミナーを開催しました。前編では業界未経験から「天領盃酒造」を継承した経緯、そして現在までをお届けしましたが、後編ではいよいよ「天領盃酒造」の酒造りについてご紹介していきます。

佐渡の自然と農業

佐渡の自然と水のヒミツ

天領盃酒造がある新潟県・佐渡島は、沖縄本島に次いで日本で2番目に大きい島です。日本海に位置するものの、まわりを流れる対馬暖流のおかげで冬も比較的に穏やかな気候なのだそう。さらに島の沖合には暖流と寒流が交差する地点があり、春から夏にかけては暖流にのったマダイやスルメイカ、本マグロが、秋から冬にかけては寒流にのったマダラや脂ののった寒ブリなどが水揚げされ、四季折々でさまざまな魚を堪能することができます。

島の北部には金北山を最高峰とする1,000mを超える大佐渡山地、南部には600mの山々が連なる小佐渡丘陵があり、この2つの山地で雲が対流して雨や雪が降るため、水資源が豊富なのが特徴です。

佐渡の山々を形成する岩石は およそ1,700万年前の火山活動や海洋プレートの変動による花崗岩や火山岩が多く、これらの岩石により長い年月をかけ、雪解け水が地下に浸透する過程で適度なミネラルが含まれた水となります。花崗岩層を通った水は、渋みや苦みのもととなる鉄やマグネシウムが少なく、軽やかで滑らかな水質になるのだそう。仕込み水に使用している金北山の天然水は中軟水で、硬度85(カルシウム80+マグネシウム5)という数字は、全国トップクラスにマグネシウムが少ない、口当たりがやわらかくまろやかな水質であることを表しています。

実際に仕込み水を試飲させてもらいましたが、とてもやわらかく、軽くて全くひっかかることがないキレイなお水でした。このやわらかな天然水で、お米の旨味をしっかりと残した まろやかで優しく包み込むようなお酒が造られています。

佐渡の農業とトキの深い関係

佐渡と言えば、天然記念物の野鳥「トキ」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。国内産のトキは2003年に絶滅してしまいましたが、中国から提供を受けた親鳥から人の手で子孫を増やして自然界に放ってきた結果、現在は700羽以上が生息しています。

このトキは湿地帯や水田などを好み、水田に棲むカエルや小魚、昆虫などを主食としています。そのため、水田はトキにとって重要な生息地。水田で使われる化学農薬や除草剤はトキの餌となる生物に悪影響を及ぼし、トキの生息環境を悪化させてしまいます。

そこで佐渡の農家ではトキの保護と農業の共生を図るため、減農薬や無農薬農法を積極的に取り入れ、水田とその周辺に生きもののための生息環境を作りだす「生きものを育む農法」を実践しています。佐渡は日本の規定の50%以下の減農薬・化学肥料しか使用が許されていないエリアですが、実際には、この規定よりもさらに少ない農薬の使用量であることが佐渡農業の特徴です。

そして天領盃酒造で使用する酒米のほとんどは佐渡産米。減農薬農法でなるべく自然の力を借りて作られたお米はアミノ酸が少なく、きれいな味わいになりやすいといいます。この自然の恵みを最大限に活かし、自然と共生する酒造りを推進しています。

天領盃酒造の酒造りに込める想い

「天領盃酒造の哲学」にたどり着くまで

加登さんは蔵を引き継いで以来、ひたすらに酒質の向上を目指してきました。設備投資を行い、全国の酒蔵を訪れて先輩蔵元の話を聞いて勉強してきた結果、酒質はどんどん良くなっていきました。

しかしある時、イベントで周りの蔵元が蔵の土地の風土や蔵の哲学などを語っているのに対し、自分はお酒の味しか伝えることができていないと気付きます。「美味しいお酒なら市場にいくらでもある。味だけならいつでも他のお酒で代用できる。」そう思った加登さんは、自分が酒造りをする意味を見失ってしまいます。苦しみながら、それでも仕事に取り組みつづけるうちに、ようやく「酒質の向上を目指すステージから、より付加価値を持って天領盃酒造ならではの独自性が問われる次のステージに進んでいたんだ」と自分の置かれている状況を捉えられるようになりました。

天領盃酒造のいわば「哲学」を構築していくにあたり、加登さんにとっては元々縁もゆかりもない土地だった、佐渡のことを知ろうと決意しました。佐渡の成り立ち、仕込み水のこと、減農薬米のこと…調べれば調べるほど、佐渡の恵みによって雅楽代が形作られていたことを知ります。

天領盃酒造の目指す「新しい新潟淡麗」

佐渡の地酒とは何かと考えたときに頭に浮かんだのは、かつて一世を風靡した「新潟淡麗」。当時の新潟淡麗と呼ばれたお酒は、常温管理の下でタンク貯蔵したお酒を炭濾過してできたものですが、いまや冷蔵管理が当たり前になり、酒蔵で造った日本酒はフレッシュな状態で全国へ届けることができます。

そうした時代の変化に合わせ、過去の淡麗スタイルを否定するのではなくアップデートし、「新しい新潟淡麗」を構築していきたいと考えるようになりました。佐渡のやわらかな天然水と農家さんの努力が詰まった減農薬米によって造られた、キレイで軽く、フレッシュなお酒――雅楽代を通じて表現したいのはそんな「新しい新潟淡麗」であると、佐渡を知り、考え抜いたことでたどり着くことができました。新潟淡麗の新しいあり方を示すお酒造りこそが、これからの加登さんの目指す道となりました。

「新しい新潟淡麗」のコンセプトのもと、雅楽代のさらなる進化を目指し、加登さんは新たな酒造りのシーズンをスタートしていきます。

最後に・・・

業界未経験だからこその新しい視点や考え方で、通例や常識にとらわれることなく壁を乗り越えて邁進されてきた加登さん。セミナーを聴講していてワクワクが止まりませんでした。これからどんなお酒で、天領盃酒造ならではの「新しい新潟淡麗」が表現されていくのか楽しみです。

夢は「日本トップクラスの酒蔵になること」と情熱あふれる姿で語ってくださった、日本酒の未来を担う若き蔵元のお酒をぜひ味わってみてください。

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