皆さんは壱岐と言えば何を思い浮かべますか?お酒好きの方ならきっと、麦焼酎!と即答されるのではないでしょうか。麦焼酎発祥の地とされ、地理的表示で認められた壱岐焼酎は、多様な焼酎がある中で確固たるブランドを築いています。その壱岐=麦焼酎というイメージ、実は今でこそ定着していますが、昔は焼酎だけでなく日本酒造りも盛んに行われていました。しかし消費低迷の時代が長らくつづき、いつしか島内では醸造されなくなってしまいました。
そんな中、壱岐での日本酒造りの復活を掲げ、長年の準備期間を経て、今年新たに清酒蔵を稼働させた蔵元が現われました。麦焼酎「ちんぐ」「雪洲」等を製造する重家酒造です。新しい蔵で醸される、新しい日本酒の名は「よこやま」。このニュースを聞いてどんなお酒だろうと興味を持った方は多いのでは無いでしょうか。
折しも、はせがわ酒店へ今回の日本酒製造復活の立役者、横山太三専務がいらっしゃる機会がありお話をお伺いすることが出来ました。
重家酒造では平成2年に高齢だった杜氏の引退を機に日本酒造りをやめて、焼酎造りに専念する事になりました。横山専務も最初は焼酎造りに邁進していましたが、様々な場所で多くの日本酒蔵の蔵元と出会ううちに、壱岐で日本酒造りを復活させたいという気持ちが固まっていきました。
そんな中、東洋美人を醸す澄川社長が日本酒造りを教えてくれることになり、2014年から造りの期間は連日澄川酒造場に泊まり込んで徹底的に醸造の勉強をしました。特に焼酎造りとは比べものにならない、徹底したデータ管理には驚いたと言います。データに自らの官能をプラスし、一つひとつの工程を丁寧にこなしていくと、目指す酒質から逆算してどの工程をどう行えば、お酒の味へどのように現われるのか分かるようになったそうです。その時に造ったお酒は「横山五十」の名前で販売され好評となります。ちなみにこの経験は焼酎造りにも活かし、その酒質向上につながりました。
澄川社長から学んだ中で特に印象に残っていることや、今も大切にしていることをお聞きしたところ、「ONとOFFの切り替えですね」との答えが返ってきました。「杜氏と同時に経営者としての顔も持つと、どうしても四六時中、酒造りの事ばかり考えてしまうし、一旦集中すると他の事が考えられなくなってしまう。それも大切だけれど、視野が広がったり、何か気付きを与えられたりする時というのは、酒造りの事を忘れて気の置けない仲間と会って、一緒に飲んだり遊びに行ったりしているOFFの時だったりするし、困ったときはそういった仲間達の存在が大きな支えになる。今回の事も皆の助けがあって成し遂げることが出来たと強く感じています。」横山専務は酒造りになるととても熱い方ですが、周りの方への気遣いや、笑顔を忘れないすてきな性格の持ち主です。だからこそ、各地の蔵元をはじめ多くの方が快く力を貸してくれるのだと感じました。
修行期間に出来たつながりから、新蔵で使う酒米の確保は比較的順調に進めることができました。しかし、一番大変だったのは壱岐島内での水探しでした。これまで焼酎造りで用いていた水では焼酎を造れても、日本酒を醸すにはそれに適する別の水が必要で、理想の水を探して島内の水源を20カ所以上も調査して回りました。それでも見つからず、これは駄目かもと思ったときに最後に出会ったのが、焼酎蔵からわずか3キロほどの距離にある、もともと材木屋さんがあった敷地でした。実はここ、アスパラガスの栽培を行っていた事もある土地で、豊富な水を必要とするアスパラガスに適した地下水が豊富にありました。調べてみるとこれは!と思える良質な軟水である事が分かり、ここに日本酒蔵を建設する事を決めました。
新蔵は年間を通しての仕込みも可能な冷蔵設備を備え、動線なども各地の蔵を参考に吟味を重ね設計されています。そして他の蔵には滅多に見られない、横山専務らしいこだわりも。それは蔵の周辺環境に配慮した、酒米のとぎ汁の浄化層の設置。とぎ汁をそのまま流して、周囲の農地と共有する排水路を汚してしまったり、万が一田んぼに流れ込んだりするような事があってはいけないと考えたためです。日本酒造りに馴染みのない周辺の方へ無用な心配を掛けることや、島の自然に負荷を掛けるような事はなるべくしたくないとの想いから導入に踏み切りました。
そうして蔵は建てられましたが、完成したらすぐにお酒が醸せる訳ではありません。新しい蔵や、醸造設備にはお酒にとってオフフレーバーを付けてしまう独特の香りがあります。それを取るために屋内で蒸気をたいたり、仕込みの道具を洗ったりする作業を4ヶ月間繰り返しするなど入念な準備をおこないました。
▲麹室
▲原料処理スペース
いよいよ醸造が始まると、壱岐で日本酒造りを復活させると思い立ってから、ここに辿り着くまでにかかった多くの時間と労力、周りの期待する声などが大きなプレッシャーとなりました。「最初に出来たお酒が駄目だったら、その後はきっと誰も飲んでくれない。だから絶対に失敗することが出来ない。」仕込み中は本当にうまく行くかどうか不安がこみ上げ、眠れない日々が続く中で作業を進めました。
そんな時は、修業時代に一つずつの工程を確実に行うという澄川酒造場での経験に立ち返ることで前に進むことができました。
実は無事にお酒が出来上がっても心配な気持ちは消えなかったそうで、本当に解放されたのは飲食店で自分のお酒を飲んだ瞬間だったそうです。
長年の努力が実り、いよいよ日本酒製造のスタートラインに立った横山専務。冷蔵設備を完備しているので、今期は醸し続けられるところまでとことん造ってみます!との頼もしいお言葉をいただきました。どんなお酒を造りたいですかとの問いには、「目指すのは1杯目で美味しい!と感動を与えられるお酒。上品な甘さがあり、芳醇でふくよか、そして後口は酸で爽やかに切れる、そんな味わいを追求しています。」実際に味わってみるとみずみずしい果実を口いっぱいにかじっている、そんな印象さえ受けます。壱岐での日本酒造りの復活という長年の夢を叶えた重家酒造の新銘柄「よこやま」を皆さんも是非味わってみてください。
ちなみに、壱岐では山田錦の栽培も進められていて、熱意ある若手農家の方が育っているそうです。海を挟んだ向かいには九州産山田錦の一大産地「糸島」があり、気候がよく似ているそう。ただし壱岐の方が風が強いなど栽培には苦労も多いようです。
今年は二等を取ることができ、掛米として十分使用できるレベルとのこと。今後の品質向上や、他品種の酒米栽培などの展開が楽しみです。みんなで応援していきましょう。